アメリカ科学帝国の終焉?研究者75%が国外移住を検討
「Every Scientific Empire Comes to an End(すべての科学帝国には終わりがある)」というThe Atlanticの記事を読んで、正直ショックを受けました。この記事は2025年7月31日に掲載されたもので、現在のアメリカ科学界が直面している深刻な危機を、ソビエト時代を経験した科学者の視点から描いています。記事の主人公であるRoald Sagdeev氏の体験を通じて、科学帝国の興亡がいかに政治と密接に結びついているかが浮き彫りになります。
- アメリカの科学者の75%が国外移住を検討している現実
- ソビエト宇宙科学者Roald Sagdeevが見た二つの科学帝国の衰退
- 現政権下での研究予算削減と研究者への政治的圧力
- 中国やEUによる積極的なアメリカ科学者リクルート活動
- 歴史が示す科学帝国の興亡パターンと政治的要因
二つの科学帝国の衰退を見た男、Roald Sagdeev
記事の中心人物であるRoald Sagdeev氏は、現在92歳のソビエト出身の宇宙科学者です。彼は1955年にキャリアをスタートし、ソビエト科学の絶頂期を体験しました。当時、モスクワのクルチャトフ研究所では、彼が恒星内部の熱核反応を研究する一方、数テーブル離れた場所でアンドレイ・サハロフが水素爆弾を開発していたのです。
しかし、Sagdeev氏は科学の栄光の陰で腐敗が進行するのも目撃しました。スターリン時代には、科学者たちが量子力学の不確定性原理をマルクス主義に反するとして批判する光景を見たといいます。1973年にソビエト宇宙研究所の所長に就任した頃には、資金不足と政治的コネクションを重視する人事で研究所は機能不全に陥っていました。
1990年、Sagdeev氏はアメリカに移住しました。当時のアメリカは世界で最も魅力的な科学研究の目的地でした。しかし今、彼は再び科学帝国の衰退を目撃しているのです。私もこの話を読んで、一人の科学者が生涯で二つの超大国の科学的衰退を経験するなんて、どれほど複雑な心境でしょうかと考えさせられました。
現在のアメリカ科学界の危機
記事によると、現在のアメリカ科学界は深刻な危機に直面しています。最も衝撃的なのは、Nature誌の調査でアメリカの科学者の75%が国外移住を検討しているという事実です。これは単なる不満ではなく、実際に行動に移す研究者が増えているのです。
MIT の著名な科学者(記事では匿名)は、スイスの名門ETHチューリッヒからアルプスの景色が見えるキャンパスへの研究室移転の打診を受けたと証言しています。カナダの一流大学からも接触があったそうです。これらの機関は、アメリカの優秀な人材を積極的に狙っているのです。
さらに深刻なのは、外国人研究者への監視や嫌がらせが増加していることです。研究機関への連邦政府の調査、認定や免税資格への脅威、NSF、NIH、NASAなどの科学予算の大幅削減提案、既存の研究助成金の大量キャンセルなど、まさに「内部からの破壊」が進行しています。
各国によるアメリカ科学者の積極的リクルート
この状況を受けて、世界各国がアメリカの科学者を積極的にリクルートしています。中国は攻撃的な勧誘を行い、EUは5億ユーロの特別予算を確保しました。ノルウェー、デンマーク、フランスの政府は、失望したアメリカ科学者への支出を承認しています。
ドイツのマックス・プランク協会は最近、アメリカでの「引き抜きキャンペーン」を開始し、フランスのエクス・マルセイユ大学は先月、8人のアメリカ人「科学難民」の到着を発表する記者会見を開きました。Sagdeev氏や他のソビエトエリート研究者がモスクワから脱出を考えていた時以来、これほどの大規模リクルートの機会はなかったのです。
歴史が示す科学帝国の興亡パターン
記事では、科学帝国の衰退には共通のパターンがあることを歴史的事例で示しています。スペインでは宗教裁判により科学者が生命の危険を感じ、世俗的な研究から撤退しました。17世紀の科学革命にスペインはほとんど貢献できませんでした。
ソビエトでは、1920年代に世界最先端の遺伝学プログラムを持っていましたが、スターリンがメンデル遺伝学を信じないトロフィム・ルイセンコを重用した結果、数千人の生物学者が職を失い、遺伝学研究が完全に禁止されました。その結果、ソビエトはDNAの二重らせん構造の発見に全く関与できませんでした。
最も劇的だったのはナチスドイツです。1933年にヒトラーが政権を握ると、ユダヤ系教授や反対派を大学から追放しました。アインシュタインがプリンストンに、ハンス・ベーテがコーネルに移ったのもこの時期です。皮肉なことに、これらの科学者たちが後にレーダー技術やマンハッタン計画でドイツを打ち負かすことになったのです。
専門家が見る現在の状況
プリンストン大学のMichael Gordin氏は「一流科学者で、学部生、大学院生、ポスドク、教員として、少なくとも何らかの研究をアメリカで行ったことがない人を見つけるのは非常に困難です」と指摘しています。しかし、これが一世代後には当てはまらなくなる可能性があるのです。
ハーバード大学のSteven Shapin氏は「アメリカ科学は丸々一世代を失う可能性がある。若い人たちはすでに、科学がかつてほど価値を置かれていないというメッセージを受け取り始めている」と警告しています。
ヨーク大学のDavid Wootton氏は、現在の状況について「英語圏では前例のない、内部からの破壊」と表現しています。これらの専門家の言葉を読むと、事態の深刻さが伝わってきますね。
科学の未来と中国の台頭
記事では、21世紀半ばまでに中国が世界の主要な科学大国になる可能性を指摘しています。中国は文化大革命での専門知識の浪費から回復し、研究機関を再建しました。習近平政権は科学研究に潤沢な資金を提供し続けています。
中国の大学は現在、世界最高レベルにランクされ、科学者たちはScience、Nature、その他のトップジャーナルに定期的に論文を発表しています。中国で生まれ、アメリカの研究室で何年も、時には何十年も過ごしたエリート研究者たちが帰国を始めています。
ただし、中国がまだうまくできないのは、言論の自由を重視する傾向がある外国のエリート科学者をリクルートすることです。これは興味深い指摘ですね。科学の発展には、やはり自由な議論と批判的思考が不可欠なのでしょう。
Sagdeev氏の現在の心境
記事の最後で、92歳のSagdeev氏の現在の心境が描かれています。彼は1990年にアメリカに移住した際、アメリカ科学の野心的な研究アジェンダと潤沢な資金に感動し、科学者が機関間を自由に移動でき、党指導者に媚びることなく資金を得られることを評価していました。
しかし、記事の著者が7月4日(アメリカ独立記念日)に最後に話した時、Sagdeev氏はアメリカ科学の状況について憂鬱な気持ちを抱いていました。新聞で提案された予算削減について読み、国を離れる計画を立てている研究者グループについて聞いていたのです。
Sagdeev氏は92歳で、彼らに加わる計画はありません。しかし、アメリカ人として、彼らが去るのを見るのは辛いと語っています。この最後の部分を読んで、私も本当に胸が痛くなりました。一人の科学者の人生を通じて、科学と政治の複雑な関係が浮き彫りになっていますね。
まとめと考察
今回紹介したThe Atlanticの記事は、科学の発展が政治的安定と経済力にいかに依存しているかを鮮明に示しています。Roald Sagdeev氏の体験を通じて、私たちは科学帝国の興亡が決して抽象的な歴史の話ではなく、現在進行形の現実であることを理解できます。
科学者の75%が国外移住を検討しているという事実は、単なる統計以上の意味を持ちます。それは知識と革新の流れが変わりつつあることを示しており、これは世界全体の科学技術の発展に大きな影響を与えるでしょう。
皆さんはこの状況をどう思いますか?科学の発展には政治的自由と安定した資金が不可欠だということを、改めて考えさせられる記事でした。日本の科学政策を考える上でも、非常に示唆に富む内容だと思います。



コメント